「企業は社会の公器」−CSRはアクションではなく経営そのもの

  • 2018年10月31日
  • 2020年12月11日
  • JO対談

PHP総研主席研究員/立教大学大学院特任教授 亀井善太郎さん

江森:亀井さんが書かれた「企業は社会の公器」プロジェクト研究報告書が今年8月PHP総研から発刊されました。「企業は社会の公器」とは、現パナソニックの創業者である松下幸之助氏の言葉ですが、「企業は個人のものではなく社会のものである」という、まさに現代のCSRそのものと言っても良い概念です。今日は亀井さんの研究成果を中心に伺っていきたいと思いますが、まず松下幸之助さんが「企業は社会の公器」と言ったときの時代背景について伺いたいと思います。

亀井:松下さんが「企業は社会の公器」と言われたのは戦前のことです。江戸時代までは生まれの身分によって社会における役割というのはある程度決められていたわけで、それが明治になって、身分に関係なく実力さえあれば大事な役割を担えるようになった。ちょうど今年パナソニックは創業百年なのですが、明治から昭和初期の頃の企業経営者は、社会に参加する手段として企業経営をするという意識が強かったと思いますね。

 そういう時代背景の中で、最初に松下さんが悩んだのは、自分が儲けたものを、なんで税金として払わなければいけないのだろう?ということだったといいます。松下さんは税金について考えることで、企業に必要な人材、土地、資源といったものは「社会からの借りもの・預かりもの」であることに気付くのです。社会から借りたもの、預かったもので運営しているのだから、企業は社会の公器であるということなんですね。

江森:明治から昭和初期というのは、国民ひとり一人が主権者としての自覚をもって国づくりをしていた時代ということが言えるのかも知れませんね。それが変質してくるのはいつ頃のことでしょうか。

亀井:戦争を機に国が企業経営に介入し、国が主導して産業を強くしていこうという政策がとられ、それは戦後も継続されました。重商主義などはうまくいった方の政策ではありますが、ある種の計画経済的なやり方が戦後復興を成功させる代わりに、主権者としての自覚を奪っていったという見方はあると思いますね。

江森:企業は経済活動に専念して、難しいことは役所にお任せということですね。多くの国民が持っていた、ある意味での「経営マインド」が失われ、そしてそのまま高度経済成長期へと突入していく。

亀井:高度経済成長期は、ひとり一人が地域の仕事から剥がされて、会社の仕事さえやっていればあとはお上がうまくやってくれるという幻想を抱いた時代ということがいえると思います。もっとも30年も続いたわけですから、幻想でもなんでもなくて実体なわけで、その期間はよかったのですが、それに国民が過剰適応してしまったということかもしれませんね。

江森:戦前は当然地域での仕事もあったし、女性だって当然のように働いていたわけですよね。

亀井:今になって女性活躍とかいっていますが、昔はごく当たり前のことですよね。しかも、ひとつの仕事で食べていけるほど簡単ではなかったから、いま議論になっている副業なんていう考え方も、当時としては普通のことだったと思います。これは東北を歩いていて教えてもらったことですが、「百姓」という言葉は、「百のことができる人」という意味なんだそうです。農作業はもちろん、大工仕事もできるし、縄もなえるし、織物も織れる。そういうあらゆる手立てを使って生計を立てている人ということなんですね。

江森:よく考えてみればひとつの専門特化した仕事だけをして生計が成り立つというのは、よほど社会的な分業がうまくいっているということであり、それが成立した高度経済成長期の30年間というのは、長い歴史の時間軸においてみても、異質な時代であったといえそうですね。

亀井:そうですね。あえてネガティブな面をいえば、人々が会社に入りすぎてしまって社会が見えなくなったということだと思いますね。それゆえオレが食わせてやるから家にいろみたいな、ひとつの変なスタイルができあがってしまい、あえていえば家事や育児・介護といったことの負担が、過剰に女性にかかってしまっていたということでしょう。

江森:そんな状況の中で、今あえて「企業は社会の公器」を出そうと思ったのはどういうわけでしょうか。

亀井:みんな高度経済成長の名残をひきずってやっているわけですよ。働き方だって相変わらずメンバーシップ型ですし、なんだかみんなでつらい方つらい方に行っているような気がして、それをなんとかしたいなあと思ったときに、松下さんがこんなにいいこと言ってるんだから、これを焼き直して提言をしようと思ったのです。

江森:報告書ではどんなことを発信していますか。

亀井:これには3つの観点がありまして、ひとつは現代社会とはどのような社会かということ、ふたつめは企業の社会的責任について松下さんはどんなことを言っているのかということ、そしてそれを踏まえて立教大学大学院特任教授企業経営とはどういうものなのかということを、私の分析に加えてグローバル企業から本当に小さな企業までの事例研究を通して見ています。

 この本の冒頭にも引用したのですが、私がこの研究をしようと思ったきっかけになった松下さんの言葉を紹介します。

 昨今の企業の社会的責任に関するいろいろな論説を考えてみますと、非常に的をついた適正な意見もある反面、やや枝葉にとらわれて、企業の本来の使命についていささか適切さを欠くような解釈がなされている場合もみられるような気がします。〈中略〉それは企業の正しいあり方を見誤らせ、かえってその真の社会的責任が全うされなくなるおそれがあります。やはり、企業とはどういうものであり、どのような社会的責任を持っているのかということが真に正しく認識されなくてはならないと思います。

 この文章が発表されたのは昭和40年代ですが、いま読んでもまったく違和感がありません。

江森:この時点ですでに「企業の社会的責任」という言葉が使われているんですね。むしろ今よりももっと大きな責任の意味で使っているようにも思いますが。

亀井:その通りです。しばしばCSRはアクションだというように認識されて、ごみ拾いだとか寄付だとかということになりがちですが、本来企業体そのものが社会的責任を伴ったものでなければいけないわけで、それには経営そのものが社会的責任に応えることを目的としていなければならないと松下さんは言っているのです。

江森:CSRがアクションと誤解される原因としては「本業に精を出す」というような価値観が影響しているように思います。これはまさに高度経済成長期の名残で、私たちの世代はまともに影響を受けていますが、自分が本業と思い込んでいること以外のことをするのはいけないこと、余計なことと考えられているので、新しいニーズに応える活動、例えば社会貢献活動などに対して、ある種の罪悪感があるのではないかと思います。

亀井:それは方法論の目的化なんだと思いますね。たぶん商売を始めたときは、当然本業そのものに社会的意味がありましたし、それは考える余地もなく意味のあることだから専念しろということですよね。確かにそういう時代には、社会が求める「不足」があって、それはモノであることが多かったのですが、ソフト化、サービス化が進むことによって、社会の不足が見えにく時代になりました。自社の事業は、確かにかつては社会的意味のある事業であったかもしれないけれど、果たして今もそうかと、これを考えることはとても大切なことだと思います。

江森:常に社会の変化を見つめ、世間の声に耳をすませ、今必要とされていることに、自社の技術や知識をどのように役立てていくかを考え実践するのが、企業の社会的責任であるということですね。特に現代においては、足りないのは「モノ」とは限らないわけで、人々が困っているのは、人間関係であったり、働き方であったりする。そこにビジネスチャンスを見出していくというのは、これはまさに「起業家精神」そのものであって、やはり企業を経営するには起業家精神は必須なんだろうと思います。厳しい言い方になりますが、社長の息子だという理由だけで経営者になったような人には、今の時代に企業を経営していくというのは大変難しいことなんだろうと思います。あ、それは私のことでした(笑)

亀井:私も政治家としては後継者だったわけで、いまは職業としては政治家ではありませんが、社会の中でやっていることは祖父や父と変わらないと思っています。どんな形でやっていくのか定義しなおすことが必要なんだと思いますね。松下さん流にいえば「私の経営」ができているかということですね。自分は社会の中でどんな存在で、肩書きがどうのということではなく、社会にどんな価値を提供していこうとしているのかということが説明できないと、それこそライフシフト時代には生き残れませんよね。

−2018CSR報告書に続く

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