漢字は書いても覚えられない!障害のある子と過ごした日々が「道村式漢字カード」の原点

  • 2016年7月20日
  • 2020年12月18日
  • JO対談

点字学習を支援する会 会長 道村静江さん

江森:道村先生は視覚障害者の教育はもとより、視覚障害者の支援をする方にむけてのサポートという面でも素晴らしい功績を残しておられますが、そもそも視覚障害者の教育に携わったのはどのような経緯があったのでしょうか。

道村:私は大学を卒業したときに中学校の理科の教員免許をとりまして、中学校の先生になって、理科を教えて、ついでに「女バレ」の顧問になるのが夢だったんです。でもなんと最初の配属先が福井県の盲学校でした。夢はもろくも破れ「何で盲学校?免許もないし困ったな〜」と思いましたね。

江森:盲学校の先生は免許がなくてもできるのですか?

道村:盲教育、聾教育、養護教育など特殊な教育のための免許はあるのですが、一般の教員も配属しないと間に合わないのです。

 その後結婚を機に横浜に来たので、「よーし、今度こそ中学校の先生に!」と意気込んでいたら、ちょうどうまい具合に盲学校の理科教員が転勤になって1人分枠が空いたんですね、そこに福井の盲学校で教えてた私が来たものだから、盲学校に配属されて、そのまま16年です。

江森:盲学校での最初の取り組みが『点訳便利帳』ですか。

道村:先ほども言ったように私は盲教育の資格を持っていたわけではないので、点字なんて知らなかったんですよ。でも授業でも使うし、試験問題も作らなければならないし、なんとか覚えようと勉強したんですけど、その教本がまあ小難しい!(笑)。国語の用語がたくさん出てきて、理科教員の私としては点字以上に教本がわからない!でも覚えなきゃいけないから、点字の決まりを「理科的に」合理的に解明しようとしたのが『点訳便利帳』なんです。

江森:最初は自分のための資料だったんですね?

道村:そうです。でも私と同じように国語が苦手な教員だっているわけですよ。だからそういう人たちのためにも役に立てるのではないかと思って、学校内にグループを作って教員が点字学習するための教材を、教育委員会から予算をもらって作ったのがなんと35年前!そのとき協進印刷さんにお世話になったんですよ!

江森:そうでしたか!私なんてまだハナタレ小僧だった頃ですね(笑)。そんなに歴史があるとは恥ずかしながら知りませんでした。今でも全国の盲学校の先生の役に立っているのですね。

道村:そうです。点訳ボランティアさんは専用の教育をみっちり受けるので、あの本は必要ないんです。ところが教員は何年かで転勤してしまうし、専門的に勉強している時間もないから、原理原則よりは実際に仕事ですぐに使えるノウハウが欲しいんですよ。

江森:『点訳便利帳』を仕上げたと思ったら、次に盲学校での漢字教育に取り組まれるわけですが、目の見えない子に漢字を教えるという、そもそも「意味あるの?」と思えるようなことにどうして取り組まれたのですか。

道村:これはパソコンの進化と関係があります。Windows95の登場によって家庭や学校に急速にパソコンが普及していきましたが、それと同時に「読み上げソフト」というのが開発されて、視覚障害者でもパソコンが使えるようになったのです。それで文部省(当時)もすごく力を入れて盲学校に「情報教育」が一気に広まりました。さらに点字タイプライターのように6つのキーで入力できるソフトが開発されるなど、視覚障害者がパソコンを使う環境はどんどん良くなっていきました。でもひとつだけ困ったことがあった。それが「漢字変換」です。

 読み上げソフトは漢字変換のときも読み上げてくれます。例えば「共通」と変換するときは「共にのトモ」「交通のツウ」などのように。でもそれが正しいかどうかがわからない。だって漢字教育を受けてないんだから。私は中学・高校を受け持っていたので、もうすぐ社会に出て行く子たちが、これじゃ困るなあと思って、よし!漢字教育だ!と、まずは漢字には音読みと訓読みがあるということを教えました。「通る」の音読みは「ツウ」で、「交通」とか「通学」とかに使われる漢字だから、とにかく覚えなさいと。

江森:でも、漢字を見たことないわけだから、形で覚えるのではないんですよね。スゴイなそれは…。

道村:それから家にあった漢字辞典を調べて、中学までに習う漢字の音読みと訓読みと、それから子供たちにもわかる語例をたくさん載せた千ページぐらいの資料を作りました。もう毎日毎日ひたすら調べましたよ。

江森:道村先生に教わりたかったですね(笑)。盲学校に合計18年勤めた後、ついに憧れの中学教員を経験されて、また盲学校に、今度は小学部の先生として戻られました。そこでも「道村流」が発揮されたことと思います。

道村:5年生になると天気図を勉強します。点字の教科書にも一応「点図」で天気図が描いてあるのですが、もうぐちゃぐちゃで触ってもわかりません。子供たちもちっともわかったような顔をしないから、天気図はやめてみんなで毎日テレビの天気予報を聞くことにしたんです。生徒が4人いたのでそれぞれ局を決めて聞き始めたら、昨日森田さんがああ言ってたから今日は雨なんだとか、天気の会話ができるようになってきました。

 そんなことを続けていたある日、ひとりの生徒が「天気予報が聞きづらい」と言ってきました。何が?と聞いたら、「あっちからこっちへ」とか「このあたりは大雨になっています」とか、どこだかわからないって言うんですよ。私も意識してなかったけど、注意して聞いてみたら確かに指示語が多い。

 それで、よし!みんなで手紙を書こうと、点字と墨字で書いた手紙を各局に送ったんです。その後もずっと天気予報は聞き続けていたのですが、しばらくたったある日、NHKを聞いていた生徒が「先生、天気予報が変わった」と言ってきました。見てみると確かに指示語が減っている。「東シナ海から北東に」とか「台湾から沖縄にかけて」とか場所や方向を言ってくれるようになっていました。それからまたしばらくして、今度はなんとNHKのお天気キャスターの平井さんからお礼のハガキが届いたんです!それはすごい経験でしたね。

江森:中学生用に作った漢字学習用の教材を進化させて、小学1年生から中学生まで対応できるようにした『視覚障害者の漢字学習』は、財団法人から社会貢献助成金などを受けながら大変ご苦労されて完成させたと聞いています。

道村:前に中学・高校用の教材を作ったときは、とにかく覚えなさい!とお経を覚えさせるようにやりましたが、本当のことをいうと中学になってから漢字学習をやったのでは遅いのです。なぜなら中学で出てくる漢字は、ほとんど小学生で習う漢字の部品の組み合わせだからです。だから小学生用を作ろうと思いましたが、何しろお金がない!(笑)。それでいろいろな財団の助成金に応募してお金をかき集めて1年に1学年分ずつを作って、準備段階から10年ぐらいかかってようやく6年生まで作ることができました。

江森:学校の先生をやりながらの作業ですから、大変なご苦労だったと思います。その後小学校に移られて、そこでようやく『道村式漢字カード』が出てくるわけですね。

道村:最初は4年生を受け持ったのですが、子供たちが漢字が嫌いなのに驚きました。盲学校の子のほうがよほど楽しそうに漢字学習してましたから。それで漢字の成り立ちを教えたり、漢字集めをしたりという仕掛けをしてみたら、子供たちが乗ってきて、1学期が終わる頃にはみんな漢字が大好きになったんです。その学習法に校長が注目して、翌年度から全校でやろうということになった。でも始めるには私が全学年分の資料を作らなきゃならないでしょ(笑)。やりましたよ〜6学年分。それが『道村式漢字カード』の元になったのです。

江森:私も少し体験しましたが、使ってみるといかに画期的かわかりますね。

道村:これまでの常識では漢字学習は「書いて覚える」ものなんです。でも5年生ぐらいになってくると文字が複雑になってきて、頭のいい子は書いて覚えられても、真ん中から下の子たちにはもう無理なんです。だから5年生ぐらいから漢字の習得率がガクンと下がります。道村式は漢字を部品の組み合わせで覚えます。盲学校の子たちのようにイメージで覚えるから楽しいし、忘れないんです。

 視覚だけでなく、様々な障害を抱えた子供たち一人一人と向き合ってきた経験が生きたのかなあと思っています。

江森:『道村式漢字カード』の目標は。

道村:今は体力的なこともあって教員を退いて『道村式漢字カード』の普及に専念しています。この教材を使ってみたいという先生がいれば、全国どこでも飛んで行って講習会をやっています。私の体力が続く限り、漢字が好きな子供を増やしていきたいです。

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