人や街を元気にすることが、音楽の社会貢献だと思う。

  • 2015年4月20日
  • 2020年12月24日
  • JO対談

株式会社ディストル・ミュージックエンターテインメント 
代表取締役 生明尚記さん

江森:生明さんは、なんと若干26歳という若さで地域密着の音楽プロダクションを経営されていますが、なぜ音楽プロダクションを?

生明:中高と吹奏楽部でサックスを吹いていたのですが、大学のサークルでサックスの奥の深さにはまって、「これで食べて行きたい!」ってなっちゃったんですよねえ(笑)。卒業する頃には実際によいお話もいただき、すっかりデビューできるつもりでいたのですが、いわゆる「デビュー詐欺」にあってしまうという事件が起きて、そのことで音楽ビジネスに対する自分自身の考え方が大きく変わりました。

 デビューを目指して活動している若者はとにかく必死なので、甘い言葉で誘われると騙されてしまうんですよね。そんな必死な気持ちにつけ込むような輩がいる業界ならば、大手とは一度手を切って、自分たちだけでも音楽で食べていけるようにしよう、そのために自分が立ち上がらなければいけない、仲間だけでも食べさせていかなければいけないという使命を感じてしまいまして…。それで音楽事務所を立ち上げることになったんです。

江森:でもメジャーレーベルを向こうに回して最初からうまくいったわけではないでしょう。

生明:そうですね。音楽事務所をやろうと決めたものの、メジャーと違うやり方なんて全然わかりませんでしたから。そんなときに、ある方の紹介で石井造園の石井社長にお会いして、CSR報告会で演奏する機会をいただいたんです。CSRなんて聞いたこともなかったのですが、石井社長のお話を聞いたり社員さんたちの報告を聞いているうちに「これはいいことだなあ!」って思いました。音楽事務所でCSRを掲げているところなんてないと思いましたし、アーティストが騙されないようにするとか、仮に音楽をやめたとしてもちゃんと人として生きていけるようにとか、そんな風にアーティストを育てていける会社にしようと思って立ち上げました。

江森:なるほどCSRがきっかけでしたか。でもCSR報告会に出ただけで、すぐにピンときた?

生明:それまでは社会貢献という言葉が自分の中ですごく漠然としていたのですが、CSRを知ったときに「じゃあ、音楽でできることって何だろう?」って考えたんですよ。音楽って衣食住には関係ないことですけど、音楽がなかったらつまらないですよね。だったら音楽で街を元気にすることができるんじゃないか、それが音楽で社会のために役に立つということなんじゃないかと思いました。それならばあっちこっちに行ってやるより、一点集中で何度も何度も同じ姿を見せて刷り込んでいく方が効果があると思って、地域密着アーティストを作ることにしたんです。それで戸塚の商店街に「テーマソングプロジェクト」を協働で一緒にやりませんかと提案させていただいたのが2012年、起業して6ヶ月後ぐらいでした。

 いまは戸塚、磯子、港南をメインにして、横浜南部の商店街や警察署などの公共機関で、テーマソングやキャンペーンソングを作って活動しています。街の人が一人のアーティストを一緒に育てるっていう状況を作ることで、アーティストも育つし、同時に街も元気になっていくと思うんですよ。普通の音楽事務所って、アーティストと直接連絡先交換させたりしないんですけど、ウチは全員に名刺を持たせていて、自分たちで街と繋がっていいよって言っています。そうやってだんだん「街の子」になっていく姿が美しいっていうか(笑)。

江森:知名度も上がってきているようですね。

生明:そうですね。戸塚ではかなり知られてきていますし、戸塚以外でも色々なイベントに呼んでいただけるようになってきています。

江森:区役所がノリノリな感じが伝わってくるのですが、乗せるの大変じゃなかった?(笑)

生明:いやあ、今でこそ全面的に協力してくれていますが、最初は全然ダメでしたね。それこそ鼻にもかけられないというか。

江森:きっかけは何だったんですか?

生明:戸塚で一番初めに「ぷちらぱんの歌」というパン屋さんの歌を作らせていただいたのですが、それがおもしろいってちょっと話題になったんですよね。それを役所が聞きつけて、「あいつらの言ってることもまんざら嘘でもないんじゃないか…」と思ってくれるようになったんだと思います。やはり街が盛り上がると自然と行政も乗って来てくれるようで、パン屋さんの歌が盛り上がった直後の2013年初めには、区役所での「昼休みコンサート」が実現しました。 そして何より最初に〝戸塚〟で活動できて良かったことは、街の方々が「戸塚のため、戸塚に住む人のため」という意識が強いこと。ぷちらぱんの青木さんや純喫茶モネのマスターの片山さんを始め、戸塚の方々はチームになろうという意識が高い。私も若手としてたくさん怒られながら(笑)、色々な経験を積ませていただいてます。

江森:早稲田大学の友成教授が唱えている「超ミマクロ理論」というのがあって、社会をマクロ方向とミクロ方向に分けて見たときに、とかく我々は統計などを使ってマクロに現象をとらえてしまう傾向があるんだけど、個別の課題〈ミクロ〉を更に掘り下げた先〈超ミクロ〉は、実は普遍的な課題〈超マクロ〉につながっているという、大雑把にいうとそういう理論なのですが、生明さんのやっている活動はまさにそれだと思いました。戸塚の歌は戸塚の活性化にしか効果がないようでいて、実はその根底には地域が抱えている課題の普遍性みたいなものがあって、戸塚に固有の課題を掘り下げれば掘り下げるほど、全国どこに行っても地域の課題を解決できるノウハウを、実はすでに得てしまっているのではないかと思いますね。

生明:そうか〜、そうだったんですね。

江森:理論としては理解できても、ビジネスとなると、ミクロ方向にいったときに普通は「こんなの商売にならないや」ってやめちゃうから、なかなかカタチにならない。生明さんはやめなかったから良かった(笑)。

生明:すでに音楽自体が商売にならないですからね(笑)。ある意味これしか生きて行く道がなかったですし、それが良かったのではないでしょうか。

江森:音楽は配信が主流になったことで、自ら価値を下げてしまっているように思いますね。

生明:「握手券付きCD」は、もはやCDではなくて握手券ですよね(笑)。あのビジネスモデル自体はすごいことですし、それを否定するつもりはまったくありませんが、音楽そのものの良さを訴えていくような展開がしたかったので、そういう意味ではまだまだ戸塚駅周辺だけではありますけど、商店街の人たちにとっては音楽が身近なものになってきているんじゃないかなという感じはしています。

江森:我々印刷業界にとっては「本」が同じように衰退の道を歩んでいますので、なんとかしないといけないと思っています。

生明:そうですね書店も大型のところしか残ってないですからね。昔あったような街の小さな本屋さんというのは、もう成り立たないのでしょうか。

江森:それは小売店の問題というより流通全体の問題でしょうね。基本的に書店のビジネスモデルは「場所貸し」であってノーリスクですから。本屋さんが自分の目で選んだ面白いと思える本を、自らリスクをとって仕入れて売るということをすれば、小さくても成り立つでしょうけど、それを流通が許すかどうか…。ネットで売ってるのと同じ本しかなかったら、そりゃネットで買いますよね。

生明:いい音楽も、いい本もいっぱいあるのに、なんだかやるせないですねえ…。たとえば野球の選手だったら成績が数字で出るからわかりやすいのでしょうけど、音楽や本は、その良さを数字で表現することができない。それでも多くの人がいいと言っているものは、やっぱりいいものなんだと思うんですよね。それを広めていこうにも、その手段がどんどん少なくなってきている。それでもウチの場合はCDの売上収入が大きいので、がんばっている方といえるかな。

江森:CD売れてるの?時代と逆行してない?(笑)

生明:そうなんですけど、地域密着でやっているとダウンロードよりも「モノ」なんですよね。直接アーティストから手渡しで買ったCDって、やっぱり思い出にも残るし、大事にしてくれていると思います。

江森:今後はどんな展開を考えていますか。

生明:いまやっている地域活性事業を他の区にも広げたいですね。横浜には18の区があるので、すべての区にアーティストがいれば、区対抗のイベントなどもできるので、ますます盛り上がるのではないかと思っています。

 また「戸塚ストリートライブ」という企画も行政・地域・民間で進めていて、本来は路上ライブや路上でのCD販売などは違法行為なのですが、それを行政お墨付きにして合法化し、若いアーティストたちに解放していこうという取り組みです。ウチの事務所としては所属アーティストだけを出させてもらった方が良いのですが、CSRの精神で、戸塚のために、若いアーティストのために、みんなが参加できるイベントになればいいなと思っています。

* 超ミマクロ理論

『問題は「タコつぼ」ではなく「タコ」だった!? 「自分経営」入門』(ディスカヴァー携書)友成真一(著)をご参照ください。

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